垂れ流しまs

この間のエントリでわかった人はいないにしても連想した人はいるかもだけど、いやでも絶対数が少ないからいないかとかいう心の声は置いといて、いま夢野久作ドグラマグラ読んでるんですよね。あれは、日本三大怪奇小説であるそれの、オマージュではないにしてもそれ以外の言い方が思いつかないところのオマージュなのです。
僕は別にエログロナンセンスに傾倒しているわけではないのですが、かといって嫌いでもありません。
最近作家のニュースでショックだったのは嶽本のばらが大麻所持で捕まったことです。復帰を祈っております。かといってロリータなお洋服でこの身を着飾ったりはしないのです。ぼくは彼の作品を読むだけです。傾倒していたらそれでは済まないだろうという意味で。
僕はあらゆる本を読みたいとか思っていたのであらゆる本を楽しもうと思いました。つまりあらゆる本は楽しめるという理想を持っていたわけです。だから本の魅力を探すことは一種の義務でありました。そのためぼくはエログロナンセンスも純文学も恋愛小説も楽しもうとしましたし、本もそれに十分な実力を持って答えてくれました。
ですから「理解できない」というのは僕にとって拒絶でも罵倒でもなく、単なる事実か負けを認める言葉であるかのどちらかでした。世間ではそうではないようなので残念です。